1 世の中、平穏なように見えていても案外身近なところに事件が転がっているものだ。 少なくとも、自分の周りは事件だらけ… いや、もしかしたら自分が事件の渦中に転がり込んでいると言ったほうが正しいのか。 そんなわけで滅多なことでは驚かない、むしろ驚けなくなってしまっている矢張である。 しかし、今回ばかりは驚いた。 相談を持ちかけられたのだ――なんと御剣から。 「でさぁ、相談ってなんだよ」 午後一時。 日も中天からやや傾きかけて、穏やかに暖かな休日の午後である。 待ち合わせに指定した上野のトンカツ屋で店一番の特上ロース定食を頬張りながら、 矢張は目の前で地蔵のように黙りこくっている男に話しかけた。 ここのトンカツは美味い。 衣はカリカリサックリとふんわり柔らかな肉を包み込み、口の中に溢れる肉汁と 絡みあう絶妙な酸味のソースもたまらない。 しかも特上ロース。そのうえオゴリ。 自分の懐が痛まない、となればことさら美味しく感じる。 自然と頬も緩んでくるのが人間というものだろう。 一方、目の前の御剣は、と言えば。 眉間の皺もくっきり深く、鬼気迫るように焦燥しきった顔としか言いようのない表情で 水の入ったグラスをじっと眺めていた。 いや、睨みつけていた。 その目付きといったら、ホラー映画に出てくる呪いの人形とヒステリー状態の猫を 足して二で割って三割増にしたような凄まじさ。 睨みつけられているコップが逃げ出さないのが不思議なくらいである。 「相談あんなら早く言えよ。オレはこのあとバイトなんだからさぁ」 「あ…」 「あ?」 「いや……」 「いや?」 硬直状態からなんとか脱したのだろう、ようやくグラスを手にした御剣だったが、 緊張による震えというかむしろ痙攣レベルというかその水面には細かく波がたっている。 話をはじめることに相当なプレッシャーがかかっているらしい。 「おいミツルギィ〜難しい相談なら成歩堂にしろよ? オレ、めんどくさいのパスだからな、パス」 普段でも御剣はクソ真面目で融通が利かなくて、その上プライドが高くて怒りっぽくて 常識がずれていて変な奴だ。 それが目の前で言葉を探してプルプル小刻みに震えている。 否が応でも『こいつは厄介な相談警報』が頭の中でファンファン回り始めた。 特上ロース定食はすでに腹の中に収まっている。 食ってしまえばもうこっちのもん、とばかりに早速逃げ腰になる矢張である。 「成歩堂…?」 「そ、成歩堂。 あいつは近所のおばちゃんの愚痴だの、 青春お悩み窓口だのが大好きだからなぁ。 難しい相談なら喜んで聞いてくれるはずだろ。 なんたって弁護士なんだしさ」 いい加減なデマカセを並べたてて、矢張は無愛想な店員のおばちゃんにお茶のおかわりを頼んだ。 面倒くさそうな事は成歩堂にまわす、それがいつのまにか矢張の習慣になっている。 もちろん褒められたことではないのだが、結局のところ「その厄介事をホイホイと引き受ける ヤツにも責任がある」ということだ。 「……」 「うん、それがいいなっ。 決まりだ決まり〜いまからココに呼び出してやるからさ」 ごそごそと携帯を探っていると、御剣がぼそりと口を開いた。 「……には…」 「…ん?なんだって?」 「成歩堂には言えんのだ!!!」 うららかな午後をぶち壊すような怒声が響き渡る。 昼時も過ぎて人の少ない店内がシーンと静まり返った。 |