3 矢張は矢張としてできうる限り、重々しく偉そうに宣言してみた。 本人的にはあの禿頭の裁判長を真似してみたつもりだったが、ちっとも似ていなかった。 「こ……」 「んん〜?なんかイギでもあんのか、ミツルギ?」 まいったか、とばかりに腕を組みながら御剣を見れば、普段は切れ長の目が成歩堂も ビックリなまん丸になっている。 「つまり、そういうこったな。まずは相手のハートをグワァッチリと鷲掴みに してからだな、それから思う存分ホワホワすりゃいいのよ。 欲望のままに突っ走るのは、ま、男としてサイテーだからな」 「こ…」 「こ?」 なんだか様子がおかしい。 おかしいのは最初っからだが、更におかしい。 固まってる。 折角、右手の人差し指で二の腕をパフパフ叩きながら『御剣検事』の真似まで してやったというのに気がついてないし。 気がついてもらえないのはちょっと寂しい。 「…おい、ミツルギだいじょぶか?お〜い」 目の前でパタパタと手を振ってみた。 (反応がねぇ…) みごとに地蔵と化している。 「おい、これから10数える。10数え終わる前に返事しなかったらオレは帰るぞ。 んでもって、勘定は当然おまえだからな、忘れんなよ」 この『10数えるぞ』ルールは小学生の頃の名残だ。 学校にリコーダーとか算数帳だとか、いわゆる宿題を忘れてくることの多かった 成歩堂が「ちょっと待ってて!」と教室に駆け戻ろうとするたびに 「10数え終わる前に戻ってこなかったら先に帰るからな」と、校門に寄りかかりながら 大声で数えたものだ。 十数年も前のことなのに、今でもその光景ははっきりと目に浮かぶ。 「い〜ち〜、に〜い〜、さ〜ん〜…」 そんな感傷はともかく、矢張はさっさと数え始めた。 御剣はいまだ固まっている。 もっともこのルール、「ルール」とは名ばかりで 「『数え終わるまでに戻って来い』という心理的負担を与え迅速な帰還を促す戦略」 だったのだが、それは御剣にとっての話。 矢張の方は本当に帰るつもりだった。 幸いにも成歩堂が置いていかれなかったのは、ただ単純に彼の足が速かったからに 他ならない。 当然、今日もこのまま数え終われば帰る予定の矢張だ。 「…し〜ち〜、は〜ち〜、く…」 「……待て」 なんとか正気に返ったらしい。 「うん、ギリギリ間に合ったな」 「や…矢張」 「なんだ」 「こ、こ、恋なのか…?」 「恋だろ。相手がラブラブ〜になってくれなきゃ、紳士たるもの何にもできねぇよ」 「……わ、私はただ触れてみたいだけで…」 なにやら致命的に会話がかみ合わない。 「まさか、お前……」 (奥手にも程度ってもんがあんだろう……ニジュウヨンで初恋ですかい) 「仕方ねぇ、オレ様がちゃーんと教えてやろう。お前のその『ホワホワきゅんきゅん したい』って気持はな」 「いや『きゅんきゅん』したいわけではない」 「うるさいな黙って聞けよ、とりあえずその『ホワホワ』は『恋』なんだよ」 「こ…」 「恋だ」 「恋!?」 「そう、恋だ。証言してもいいぜ」 「証言はいらん…こ、恋なのか、これは!?」 「まごうことなくバッチリ恋だ」 「……な、な…なんということだっ!」 そう叫ぶなり。 御剣はテーブルにものすごい勢いで突っ伏した。 額を打ったのだろう、ゴンっという鈍い音まで聞こえた。 ただならぬ気配にカウンターの中で暇そうに店内モニター画面を眺めていた店の親父までもが胡散臭そうに振り返る。 |