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(何がそこまでショックなのかね…?)

この男の思考はよくわからない。
が、あえて詮索をしないでそんなものかと納得してしまうところが矢張の長所であり、 短所でもあった。

「おまえがどう思っているかしらんが、恋なのはカクジツだ」
「だ、だ、…だとしたら私は一体……」
「うん、そこからが本題ってことだなぁ」

4杯目のお茶を受け取りながら、矢張は御剣との待ち合わせにまっ昼間のトンカツ屋を 指定したことを、ほんのちょっぴりだけ後悔する。
トンカツは美味かったが、ソッチの話は夜にやるべきものだろう。

男同士、酒を酌み交わしながら…

(って、御剣と?)

ようやく面を上げた御剣はさっきまで真っ赤に茹だっていたはずなのに、 今度はなぜか青ざめている。
目付きはあいかわらず…いや、さらに鬼火も漂うようなおどろおどろしさまで加わった。
呪われそうで恐い。

「…ヤメとこ」
「何がだ?」
「こっちの話だ、気にすんな…で、ま、本題はだな…」

そう、本題だ。
御剣に女の攻略法をレクチャーしなければ。

(オレの独壇場ってとこだな、ココは)

相手に惚れたとなったらとりあえず、あらゆる手を尽くして攻略するのが矢張の ポリシー。
そんな彼のもう一つの異名は「愛の挑戦者」…そして成功率も意外と高い。

そのコツは相手に合わせて演出を考えるところにある。女の子が100人いれば100通りの 言葉があって手順があるのだ。

『恋愛に駆け引きはかえって邪魔。プライドなんてひとまず置いて、本気と本能で攻める べし!』

これが案外うまくいくのである。
ただはじめのテンションが高すぎるせいで交際自体は長続きしないのが玉にキズだが。

(…ってもなぁ)

御剣にそれができるか?
臨機応変なフットワークの軽さはそれなりに経験を積まねば身に付かない。
友達相手に色恋沙汰を相談するくらいでこれだけ挙動不審になっている人間に、 それを要求するのは端っから無理無理。

となれば、相手に合わせたアプローチより御剣の御剣らしさを生かした戦法の方が 勝機はある。
そして相手は美人で巨乳のオネェサマ(と矢張は勝手に思い込んだ)。

(となると…)

「まずバラだな」
「バラ?」
「豚バラじゃないぞ」
「そのくらいわかっている」
「できるだけ派手にいったほうがいいなぁ…お前派手だから」
「……私が派手か?」
「派手だろ。ま、そこは誠意の見せ所だからなっ、 検事サマの給料ならいくらでもすごいのが買えるだろ?」
「どう思っているのか知らないが、検事は特別公務員だ。それほど高給なわけではない」
「それでもオレよりは多いじゃん。で、だな…」


プンプルプンプンプンプルプルプル プンプルプルププ プププププルプ


意味深に声のトーンを落とした演出効果をぶち壊すがごとく、いきなりハイテンションな 電子音がぬるい日差しの店内に響いた。
脳天に響く大音量は、矢張のジャケットの胸元から発せられている…

「鳴っているぞ」
「あ…って、今…」

取り出した液晶画面を覗き込んだとたん、顔色が変わった。

「ヤベッ、遅刻っ!!」
5時からの開店に合わせ、シフト前に入っていなければいけないバイトなのに 壁の時計はとっくに時刻を回っている。

「じゃ、ともかくそーゆーことだからなっ!ガンバレっ」

ガタガタと騒がしい音と共に、矢張は慌てふためいて去っていった。
午後のトンカツ屋にようやく静けさが戻ってくるなか。


「…薔薇…をどうしろと…?」


残された御剣の問いに答えてくれる者はいなかった。


そして、バイト先の店長に謝りたおしながら言い訳している間に、 矢張の方はすっかり今日の相談を忘れてしまった。







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070701